高市首相の政策と日中関係悪化による日本経済への影響

1.高市首相の誕生


10月4日の自民党総裁選を経て、10月21日の衆参両院本会議で、高市氏が第104代首相に選出されました。高市首相の経済政策は財政拡張・金融緩和路線と言われ、高市首相の就任後、金融市場では日銀の利上げ後ろ倒し観測や財政規律への懸念等からドル円相場は10円程度円安方向に推移し、10年金利も上昇傾向を辿っています(図表1)。本レポートでは、こうした背景にあるこれまでの発言や11月28日に閣議決定された補正予算等から高市首相の政策について考察しようと思います。また、高市首相の台湾有事を巡る発言による日本経済への影響についてもみていきたいと思います。

図表1:ドル円相場と10年金利

2.高市首相の経済・財政政策


(1)補正予算

高市首相は「責任ある積極財政」を掲げている一方、自民党総裁選で高市首相を支援した麻生副総理や、連立政権入りした維新の会は財政健全化方針であるため、高市政権の財政拡張度合いを計る試金石として補正予算の規模に注目が集まっていました。今回決まった補正予算を含む経済対策は、国費が21.3兆円でその内訳として、一般会計(補正予算)が17.7兆円、減税が2.7兆円となり、事業規模は42.8兆円となりました(図表2)。一般会計が今回の経済対策策定のタイミングで決まった追加で財政支出される部分で、一般に補正予算と呼ばれます。減税には、今年の税制改正で既に決まった年収の壁の引き上げと、11月に国会で成立したものの財源の議論がまだ残っているガソリン暫定税率の撤廃が含まれています。これらは、この経済対策のタイミングとは概ね関係なく審議が進んでいるものであり、財源を増税で賄えば景気の押し上げ効果は限定的となります。事業規模というのは、国の財政支出によって民間の需要が喚起される部分や、本来は貸し倒れ部分のみが実際の財政支出になる財政投融資の額を全部入れて計算されています。こうした内容を鑑みると、毎年秋に成立する経済対策の比較としては補正予算の規模を用いるのがフェアだと思います。

図表2:今年度の経済対策の規模

先ほども記載した通り、今年度の補正予算は17.7兆円となり、昨年の13.9兆円から拡大しました(図表3)。政府は当初予算と補正予算を合わせた新規国債の発行額は去年より少ない見込み、として財政拡張に一定の歯止めが効いたと主張しています。一方、リーマンショックや東日本大震災の時でさえ、補正予算は15兆円程度であったことを鑑みると、インフレが進行していることを差し引いても「責任ある積極財政」として相応の規模の財政出動になったと言えるのではないかと思います。

図表3:補正予算の規模

補正予算の中身をみると、生活安全保障・物価高への対応、危機管理投資・成長投資、防衛力と外交力の強化が3本柱となっていて、それぞれ8.9兆円、6.4兆円、1.7兆円の支出となっています(図表4)。もっとも、その内訳は、生活安全保障・物価高への対応のうち、地方に使途が委ねられている「重点支援地方交付金」や「地方交付税交付金増額」に3.3兆円、危機管理投資・成長投資のうち、従来型の公共事業にあたる「防災・減災・国土強靭化」に3兆円と比較的多くの金額が割り当てられているほか、危機管理投資・成長投資を中心に、現時点で内容に具体性が乏しいものも多く、規模ありきで決定された感が否めないところもあると思います。

図表4:今年度の補正予算の内訳

(2)高市首相の中長期的な経済政策
補正予算は足元の物価高対策など短期的な政策が多くを占めているため、より長い目でみた高市首相の政策について、報道によって明らかになった高市首相の各大臣への指示書から考察してみます。「対外・防衛」や「外国人」に関する政策は保守的なものが多い一方で、経済政策に関しては、サプライチェーンの強化を含む危機管理投資を始め、賛否両論はあるものの労働時間規制の緩和や、兼業・副業の促進、意欲ある高齢者の就労支援など、供給力強化を意図する政策も多く含まれています(図表5)。こうした政策は、今後労働力不足がより進行する日本にとって重要と考えられます。

図表5:高市首相の各大臣への指示書の内容

3.高市首相の金融政策・為替に対する考え方


高市首相は、財政政策だけでなく金融政策に関しても緩和路線を志向しているとみられます。実際、総裁選の際には、「金融政策の方向性を決める責任は政府にあるが、金融政策の手段は日銀が決めるべき」と述べています。また、財政に関して「債務残高の伸び率は成長率の範囲内に抑えることでマーケットからの信認を確保する」と言及しています。債務残高の伸び率は国債の金利によって左右されるため、この発言は高市首相には政策金利を低くしたいというインセンティブがあることを示しています。
一方で、冒頭に記載した通り、高市首相が就任してから10円程度も円安が進んでおり、足元でドル円相場は1ドル160円目前となっています。円安が進んで物価が上がった場合、国民が苦しむことで支持率が下がる一方、財政拡張余地が生まれるため財政出動によってそれを軽減できると考えている可能性もあり、高市政権の円安許容度はいまだ未知数の側面があります。今後、更に円安が進んだ場合に為替介入をどの程度行うのか、日銀が次の12月会合で利上げを行うのか、などが高市首相の為替や金融政策への考え方を探る試金石になると言えそうです。

4.日中関係悪化の日本経済への影響


高市首相の台湾有事を巡る発言によって、日中関係が悪化しています。中国は日本への渡航自粛を呼びかけており日本ではインバウンド消費への影響が懸念されますが、実際に日本経済への影響はどの程度となるでしょうか。

訪日外国人観光客数をみると、中国からは1ヵ月で約80万人来ています(図表6)。また、観光庁によると7-9月期の中国人一人当たりの支出は約24万円ということで、中国からのインバウンド消費額は1ヵ月で2000億円弱、1年で2.3兆程度と試算されます。2012年に日本の尖閣諸島国有化を巡って日中関係が悪化した際には、訪日中国人客数が30%程度減ったため、今回も同程度減少するという前提のもとでは年間0.7兆円程度、中国からのインバウンドが減ることになります。

図表6:訪日外国人観光客数

日本の名目GDPは足元約630兆円であることから、0.7兆円は名目GDP対比では0.1%程度です。ある程度日本人の観光客が穴埋めすることも勘案すると、それほど日本経済への影響は深刻ではないとみられます。もっとも、今後更に日中関係の悪化に拍車が掛かり、想定以上に訪日中国人客数が減少したり、レアアース規制や中国での日本商品の不買運動などに繋がれば、日本経済への影響が大きくなることも想定されます。

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