1.投資不足の解消を目指す成長戦略
高市政権の成長戦略の内容が徐々に明らかになってきています。政府は7月に「日本成長戦略」を公表し、その方針を踏まえた来年度予算についても、各省が予算の見積もりを財務省に提出する概算要求が8月末に締め切られ、現在は年末の予算案決定に向けた査定・調整の段階に入っています。
「日本成長戦略」では、日本の潜在成長率が低迷している背景には、長年にわたる「未来への投資不足」があるとされています。主要先進国では官民が連携して大規模かつ長期的な財政支出を伴う産業政策が大きな潮流であり、日本も投資不足の流れを断ち切るために「責任ある積極財政」の考えの下、「危機管理投資」や「成長投資」を大胆かつ戦略的に進め、中長期的な成長力強化につなげることを目指しています。
成長戦略を踏まえた将来の潜在成長率について、内閣府は、成長戦略の「効果の発現度合い」に応じて、「現状投影ケース」、「成長戦略実現ケース①」、「成長戦略実現ケース②」の3つを提示しています(図表1)。「現状投影ケース」では、民間投資や生産性の伸びが高まらず、2021-25年度に平均0.4%だった潜在成長率はほぼ横ばいで推移する見通しとなっています。一方で「成長戦略実現ケース①」と「成長戦略実現ケース②」は、ともに成長戦略による投資の効果などが発現するケースですが、「成長戦略実現ケース①」の方がAI導入や設備投資の活発化による資本蓄積や、AI活用による生産資源配分の効率化などの効果が十分に現れることが想定されています。この結果、潜在成長率は2040年度には、「成長戦略実現ケース①」で1%台後半、「成長戦略実現ケース②」で1%台半ばまで上昇する姿が描かれています。米国の潜在成長率が2%程度ということ、日本の現在の潜在成長率から1%ポイント以上引き上げられることを勘案すると、「成長戦略実現ケース①」と「成長戦略実現ケース②」はともに野心的な目標といえるでしょう。
2.戦略17分野への官民投資と高市首相が重視する危機管理投資
では、具体的にどういった方法でこうした潜在成長率の引き上げを行うのでしょうか。政府が中心に据えているのは、2040年度までの累計で370兆円超を想定する戦略17分野の官民投資です。10月5日の高市首相の所信表明演説によると、「危機管理投資」はエネルギー・資源安全保障、食料安全保障、健康医療安全保障、サイバーセキュリティ、防災、海洋、宇宙など、「成長投資」はAI、半導体、量子技術や、コンテンツ、フュージョンエネルギーなどという分類になります。
戦略17分野は、それぞれ想定される官民投資額と経済波及効果が示されています。経済波及効果とは、投資やそれに伴う生産の増加が、部品・原材料などの関連産業の生産を増やし、さらに所得や消費、企業投資の拡大を通じて経済全体に広がる効果を金額で示したものです。官民投資額に対して、経済波及効果の金額が大きければ、投資効率が高く、生産性の向上を通じて潜在成長率の押し上げ効果も大きいと評価できます。各分野の経済波及効果の対官民投資額倍率をみると、フードテックの12.5倍が最も高く、次に量子の11.3倍、コンテンツの9.7倍と続いており、高市首相が「成長投資」の対象として挙げた分野が上位に入っています(図表2)。一方、倍率が低いのは港湾ロジスティクスやマテリアルなどで「危機管理投資」が主です。なお、防衛産業と造船に関しては、現時点では官民投資額と経済波及効果が一部未定であり、年末までに実施される予定の防衛三文書の改訂を受けてより具体化されていくとみられます。
こうした戦略17分野の経済波及効果の対官民投資額倍率をみると、安全保障上重要な分野に投資をする「危機管理投資」は、海外より生産コストの高い分野にも人材や資本を投入することになるため、純粋に成長性を重視した「成長投資」より経済効率が低い傾向にあります。一方、「危機管理投資」には、海外から安価に調達できる物資でも供給途絶や輸出規制に備え、国内で一定の生産能力を維持することが望ましい場合があるため、経済効果の大きさだけでは評価できない側面があります。今後、実際の戦略17分野への投資を進めるにあたっては、こうした経済効率性と安全保障上の重要度を天秤に掛けながら、投資先や支援手段の優先順位を定める必要があるでしょう。
3.政府の成長戦略に対する専門家の評価と、成長・安全保障の優先順位
政府の成長戦略に対して、専門家はどう評価しているでしょうか。日本経済新聞社と日本経済研究センターによる経済学者向け調査「エコノミクスパネル」では、「戦略17分野の選定と財政支出により民間投資を十分に促進できるか」という問いに対して、否定的な回答が44%となり、肯定的な回答の14%を上回りました。
こうした成長戦略の効果に対する慎重な見方の背景には、17分野という広い対象を絞り込むべき、政府が将来の成長分野を見極めることは難しい、日本が使える資本や人材には限りがあるといった指摘がありました。特に、戦略17分野はもっと対象を絞るべきという意見は、対象分野が多すぎると優先順位が不明確となり広く浅い支援に終わる恐れがあるという理由から、この調査に限らずよく聞かれます。それでも、高市首相が17分野すべてを推進しようとしている背景には、高市首相が安全保障の向上を目的とした「危機管理投資」を政策の中心に置いていることがあるのではないでしょうか。
昨年10月の高市首相が首相に就任して初めての所信表明演説では、「この内閣における成長戦略の肝は、『危機管理投資』です」と述べており、「成長投資」には触れていませんでした。安全保障上、日本が強化すべき分野は、エネルギー・資源安全保障、食料安全保障、健康医療安全保障、サイバーセキュリティ、防災、海洋、宇宙など多岐に渡ります。成長戦略としては対象を絞るべきだとしても、安全保障の観点からは絞りたくても絞れないという事情があるのではないでしょうか。
そこで重要になるのが、潜在成長率の引き上げと安全保障の強化、どちらをどの程度重視するのかという点です。安全保障のために、採算性の低い国内生産を維持しなければならない場合もありますが、先ほども記載したようにこうした投資は平時の経済効率や生産性を低下させる可能性があります。安全保障上必要な投資であっても、生産性向上や民間投資の拡大につながらなければ、潜在成長率の上昇は限られ、「現状投影ケース」に近い経済の姿となるおそれがあります。その場合、成長率は上昇しない一方財政拡張に伴う政府債務が積み上がることで、日本の財政悪化が進むことになります。
政府は今後、年末にかけて、今後5年間の国内投資の道筋を示す「日本成長戦略実行計画」を策定する方針です。また、城内大臣は、施策の実行状況や技術の開発動向などを踏まえて見直す考えを示しています。計画の具体化と見直しの過程で、成長への寄与と安全保障上の必要性をどのように評価し、予算配分に反映させるのかが重要になります。こうした計画や見直しも含め、今後の政府の経済政策について、潜在成長率の引き上げと安全保障の強化のバランスがどのようになるのか、注視していきたいと思います。

