16-06号:鉄、再編の論理

ダンピングされる鉄鋼

足許の世界経済に大きく影響しているのが中国の「過剰設備」にあることは多く指摘されています。設備が過剰な状態では在庫が大量発生し、市況の下落を招くために、どこかのタイミングで生産能力の調整、つまり設備廃棄が求められます。日本の造船などもそうでしたが、涙をのんで設備廃棄せざるを得ない、そして社会的に雇用調整もしなくてはいけない、それが凄まじい規模で必要なのが現在の中国です。セメントや鉄鋼といった分野では世界の大企業が市況の悪化により赤字転落、場合によっては倒産の可能性もあり、グローバルな規模での再編が予測されています。

振り返ると、日本の鉄鋼分野でも日本鋼管と川崎製鉄の合併でJFEホールディングスが誕生した二〇〇二年を皮切りに、新日本製鐵と住友金属工業が二〇一二年に合併、そして今年はその新日鐵住金が同業四位の日新製鋼を買収すると発表しました(二月)。これで鉄鋼業界は新日鐵住金、JFE、神戸製鋼と三社体制になるわけですが、業界環境を見れば、更なる再編の可能性も否定できない状況です。


今も「鉄は国家なり」か

思い起こせば、「鉄は国家なり」、「産業のコメは鉄」と言われていた時代では各社棲み分けができており、生産シェア、流通シェアなどには暗黙の了解がありました。高炉事業は会社単位というよりも日本の粗鋼生産能力全体で考えられ、個々の事業者の立場はその後の話、そういう意味でまさに国家的な産業だったと言えます。

製鉄業界も九〇年代までは、「原価+適正利鞘=売価」という発想で、需要予測を通じた供給体制を採っていました。そもそも高炉などの設備投資は五〇年単位で計画する必要があり、短期的な経営戦略というものはありえません。業界全体として需要予測を精緻化し、供給量を調整、そして国内市場をコントロールしていくという強い前提がありました。

しかしながら、グローバル市場の中では鉄鋼もコモディティであり、価格は市場が決定します。川上の鉄鉱石業界も川下の自動車業界も世界的な再編が行われており、グローバルな調達活動の下に世界同一価格に晒されることになりました。海外市場について国内の理屈が通用するはずもなく、鉄鋼メーカーも今なお暗中模索しているのが実情でしょう。なお、グローバルな輸出体制には適切な物流(ロジスティクス)が欠かせませんから、二〇〇四年にJFEはJFE商事を作りました。新日鐵は三井物産との関係が深いため、独自の専門商社は作っていません。

鉄鋼メーカー各社が海外対応に苦慮する一方、国内の過剰生産能力は工場稼働率を下げ、固定費を上げてしまいます。新日鐵住金の日新製鋼買収、そして日新製鋼の呉の高炉を休止する(設備廃棄)というのは極めて分かりやすい流れでした(元々新日鐵住金と日新製鋼は資本関係にあります)。


再編が再編のトリガーとなる

業界全体のバリューチェーンの中で、上下の変革が互いに影響することがありますが、鉄鋼業界もその好例でしょう。川下の自動車業界は鉄鋼メーカーに大きな影響を持ちますが、自動車鋼板は従前、「チャンピオン交渉方式」、つまりトヨタ自動車と新日鐵の妥結した価格に各社追随するという方式を採っていました(各自動車メーカーは鉄鋼各社に同一価格で発注)。しかし日産のゴーン改革(一九九九年)による購買方針変更をきっかけに業界の協調体制は崩れていきます。折しも九〇年代は世界で鉄鋼メーカーや自動車メーカーの集約が進み、日本の鉄鋼各社もグローバルでの生き残りを模索していました。一九九九年に大倉商事(当時の準大手総合商社)の倒産をきっかけとして新日鐵は商社に対し支払いサイトの大幅短縮を通告します。名目は貸倒れ防止でしたが、実質的には商社を選別する為で、資金負担の増加に堪えられなかった伊藤忠と丸紅は鉄鋼部門を切り離して伊藤忠丸紅鉄鋼を作ることになります(二〇〇一年)。

今、巷では三井物産と住友商事の合併が噂されています。誕生すれば双日以来の大型再編となりますが、あながち単なる噂とも言えないのが、鉄鋼業界などの取引先で既に再編が進んでいる点でしょう。上述のように、新日鐵は三井物産、住友金属は住友商事が女房役として卸問屋をやってきましたが、既に相方は合併済み、一つの再編は次の再編のトリガーになっていきます。


編集後記

暑い日が多くなってきました。体調管理にはくれぐれもご注意ください。

今回は中国の過剰設備問題に紐づけて、鉄鋼メーカーの再編問題を扱いました。足の長い投資が必要な業界でありながら、近年はグローバル市場へ臨機応変に対応していかねばならず、かじ取りが難しい業界だと思います。

最近は各業界で世界規模の大型再編が進んでいますが、その根底には世界全体での過剰設備、あるいは過剰マネーが原因としてあるように感じます。実需とかけ離れたマネーサプライは資本主義の一形態かもしれませんが、その動き方をよく理解しておきたいものです。

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