17-10号:健康と時計遺伝子

今年のノーベル賞

アルフレッド・ノーベルの遺言により「人類の幸福に貢献した人」に対して贈られるノーベル賞ですが、今年も十月二日からその発表が始まりました。日本のメディアでとりわけ取り上げられたのは文学賞のカズオ・イシグロと平和賞の核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)でしょう。『日の名残り』や『私を離さないで』で有名なカズオ・イシグロは長崎出身の日系イギリス人で、著作をお読みになった方も多いのではないでしょうか。

ただ、今回はあえてノーベル医学生理学賞を受賞したテーマについて注目したいと思います。今回の医学生理学賞は、生物の体内時計、いわゆるサーカディアン・リズム(概日時計)を生み出す遺伝子とそのメカニズムを発見した米国研究者三名に授与されました。彼らの実験自体はショウジョウバエの研究ですが、一九九七年に哺乳類にも体内時計の原因遺伝子が発見され、今では私たち人間にも備わっていることはよく知られた事実であろうと思います。

サーカディアン・リズムとは、概日リズムと訳しているように、ラテン語の「概(おおむ)ね」circa と「日」diesとの合成語で、「おおよそ一日のリズム」ということです。人間の体内時計にとっての一日は大体二十四時間半前後といわれ、正確に二十四時間というわけではありません。南極や北欧など極夜・白夜が続く環境では探査隊の中にも昼夜が逆転する人が出てくるといわれています。


体内時計をリセットする

ところで、私たちの体内にはいくつの体内時計があるのでしょうか。概日リズムは遺伝子レベル(時計遺伝子)に組み込まれており、実は細胞一つ一つ、私たちには六十兆個の体内時計があると考えられています。それぞれの時計が独自にリズムを刻んでいるわけですが、メインの時計は脳の中にある視(し)交叉上核(こうさじょうかく)といわれています。視交叉上核は全身の体内時計を統合しており、光によってリセットされます。毎日の生活の中で体内時計がズレていかないのは、朝の太陽の光によって体内時計がリセットされるからと考えてよく、その意味で朝日を浴びること、できれば直接太陽光を浴びることは非常に重要なのです。

また、私たちの身体はもう一つ、体内時計リセットの重要な手段を持っています。それが食事です。食事(栄養)により、末梢神経(内臓・筋肉等)の時計遺伝子が調整され、メインの時計遺伝子と歩調を合わせているのです。時間栄養学の観点からは特に朝食の重要性が説かれており、今の研究では炭水化物+タンパク質の組み合わせがベストのようです(炭水化物だけでは末梢時計がリセットされない)。要するに朝食は「ご飯に焼き魚」という従来の和食がベストだということで、多くの方はその当たり前の結論にある意味で衝撃を受けることでしょう。


現代の肥満の原因とも

現代の未解決の問題の一つに肥満があります。世界的に摂取カロリーが減っているにもかかわらず、肥満は増える一方です。日本においても、実は戦後直後の飢餓状態よりも平均的な摂取カロリー量は減っているにも拘(かか)わらず、メタボリック症候群や糖尿病患者は増え続けているのです。この件に関して未だ定説はありませんが、有力な仮説としてこの時計遺伝子が関係しているのではないかといわれており、時間生物学への関心が高まっています(それもノーベル賞受賞の遠因かもしれません)。これは生物に内在する体内時計を研究する学問ですが、私たちの関心からいえば、要するに六十兆個の体内時計が毎日しっかりリセットされないと身体に不調をきたすということです。

時計を揃えるのは意外と重要で、かつ意外と難しいことです。現代のビジネスマンは、ともすれば朝食抜きでコーヒー片手に仕事を始め、お昼あたりに十分程度でご飯をかきこみ、その後延々と夜中の十一時頃まで残業、そして飲みに行って最後二時頃にラーメンで締め、家に帰ってテレビを見ながら気づいたら眠ってしまっている……。その間、太陽の光を浴びることもなければ、暗い部屋で寝ることもないかもしれません。これほど極端ではないにせよ、近しい生活を送っている、送ってきた方は多いのではないでしょうか。残業時間だけではなく、生活リズム自体の重要性について、現代科学は警鐘を鳴らしています。


編集後記

ノーベル賞作家のカズオ・イシグロの著作には大学時代に親しんだこともあり、懐かしく思い出しました。

「朝に働き、昼は助言を与え、夕には祈れ」とは古代ギリシャの格言ですが、昔から送られてきた生活が理に適っているということはよく見られることです。時間生物学はまだ黎明期にある学問ですが、ここでもまた、要は昔ながらの生活がよいということなのかもしれません。

心身一如と申します。心と身体の健康は繋がっており、規則正しい生活は身体にも精神にも大切であろうと思います。生活に哲学を持ち、共に健康な日々を送りたいものです。

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