22-07-2号:D2Cとメーカーの可能性

D2Cに移行するナイキ

ナイキが小売店の選別を進めています。2022年2月、ナイキは米国スポーツ用品量販店のフットロッカーから一部商品の引き上げを発表しました。フットロッカーの売上のうち実に7割がナイキ製品であり、フットロッカーの株価も発表とともに40ドルから30ドルへと25%も下落しました。ただ、これはナイキがD2C(ダイレクト・トゥ・カスタマー)という顧客直販モデルに切り替えていく流れを受けたもので予想はされていました。ナイキは2019年11月にAmazonから撤退したのを皮切りに、多くの靴小売チェーンとの関係を清算しており、日本でも「東京靴流通センター」のチヨダには最早ほとんど卸していないと言われています。国内首位のABCマートはまだ豊富な取り扱いがありますが、ナイキが国内でもブランド力を上げていけばフットロッカーと同じ運命を辿る可能性は高いと言わざるを得ないでしょう。

もちろん量販店の方にも問題はありました。メーカーにとって自社外のチャネルである量販店にはコントロールが効きにくく、勝手な値下げやクーポンの発行、他ブランドとごちゃ混ぜになった展示、間違った製品説明など、自社のブランドイメージを確立するのが非常に難しいからです。今までは小売チェーンへの指導などで対応してきましたが、自社ECの認知度が上がり、SNSでのマーケティングで消費者個人とつながりを持てる時代、小売チェーンというチャネルのデメリットの方が大きくなってきたということなのでしょう。


流通チャネルの変遷

靴に限らず、今のBtoCの流通には大きな変化が起こっています。もともとは町の電気屋さんやミズノショップのような代理店網を整備することがメーカーのチャネル戦略でしたが、量販店の登場によって以前の代理店は崩壊しました。また、その量販店も最近ではECシフトにより以前のような勢いはありません。家電量販店のヤマダ電機などはフランチャイズが中心ですから、簡単にEC(直販)に移行することもできず、苦しい戦いを強いられています。その中、現在では小売企業のECに加え、メーカーが直接販売するD2C市場が広がっており、冒頭のナイキでは既に売上高の42.1%がD2C(直営店+自社EC)となっています。最近の日本でも三陽商会がバーバリーとの契約を打ち切られたり、ヤマザキナビスコがオレオやナビスコのライセンス契約をモンデリーズから打ち切られたりと(その後ヤマザキビスケットと社名変更)同様の構図は見て取れます。モンデリーズはオレオ・ドット・コムというサイトで消費者がオレオの色やフレーバーを指定したり文字を書いたりできるサービスを提供しており、着実に現代的なD2Cマーケティングを実行しているといえるでしょう。


消費者の価値とD2Cの今後

では消費者にとってD2Cは価値を増やすものなのでしょうか。今までは量販店に行けば様々なブランドを比較して見ることができたのに、また従来の個別メーカーの代理店のような形に逆戻りするのでしょうか。これは一概にそうとは言えません。量販店のような小売店は在庫の回転率を最重要視しますから、なるべく売れる商品、定番品だけを置こうとします。結果としてどの業界でも大手ブランドに集約されていく傾向にあり、ある意味で消費者の選択肢を狭めているのです。D2Cであれば消費者が直接メーカーを選びますから、選択肢はむしろ開かれており、また、届いたときの包装へのこだわりやパーソナライズな商品対応など、SNSで共有したくなる体験を提供できるのはD2Cならではの価値になるでしょう。

実際、シューズ業界でもHOKKA ONE ONE(2009年設立)やON(2010年設立)など、新興ブランドが立ち上がって既存ブランドのシェアを奪っています。ONは機能性とデザインを重視し、SNSでの口コミ効果で急速に拡大しました。メーカーと消費者が直接つながり、消費者同士も直接つながる時代、競争のルールが大きく変わって成熟市場でも新しい尖ったブランドが多く出てくることになるでしょう。今まで劣後していた既存ブランドも新しい価値提供で挽回する一大チャンスではないでしょうか。


編集後記

今回はD2Cについて扱いました。
あのフットロッカーでさえ選別対象になるという意味で、ナイキのニュースは業界に激震を与えました。

こういうニュースを見ると、私もはじめはナイキの一人勝ちになるかと感じていましたが、意外とD2Cは多元的で分散的な世界の実現につながるかもしれないと考え直しています。

特にプラットフォームが世界をフラットにしていく中、そこから離脱してメーカーがそれぞれの世界観を打ち出していくことは対抗勢力になるかもしれません。

もちろん、アパレルメーカーがZOZOから離れられるのかどうかと同様、結局はプラットフォームの集客力が勝つのか、個別のメーカーの魅力が勝つのかという綱引きになるでしょうが、どの業界が画一的になり、どの業界が分散的になるのか、サイバー空間の新しい競争をしっかり考えていく必要があります。

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