16-11号:現象としてのトランプ

トランプ大統領の誕生

「我々の政治家は長く政治家であり過ぎた」。

米国大統領選挙の結果は、英国のEU離脱に続き、世界の耳目を驚かせる結果となりました。当初は泡沫候補に過ぎなかったトランプ氏がヒラリー・クリントンに勝利し、来年一月からホワイトハウスに入ります。

世界が驚いた、と言いますが、今年七月、彼が共和党の指名を受けた段階でトランプ氏の勝利を予測している人もいました。例えば『華氏911』等で有名な映画監督兼政治活動家のマイケル・ムーアは、「残念だが」と断った上で「トランプが勝つ五つの理由」と題して今回の結果を予言しています。そこでは「なんだか嘘くさい」というヒラリーのイメージから始まり、予備選で戦ったサンダース票の取り逃がしや民主党の票田であるラストベルト(Rust Belt、五大湖周辺の脱工業化が進み斜陽化している地域)と呼ばれるオハイオ、ペンシルベニア、ウィスコンシン等の州が共和党にシフトすること等、かなり正確に指摘されていました。

ただ、世界が今回の選挙結果を不安視する最大の要因は、既存政治に対する人々の拒絶、現状に対する閉塞感が政治経験の全くないトランプという人物を米国大統領にまで押し上げたという事実でしょう。既存政治への失望が、耳障(みみざわ)りの良い公約を掲げるポピュリストへの熱狂的支持につながる現象は欧州にとって対岸の火事ではありません。仏独共に移民排斥などを掲げる極右政党・右派政党が急伸しており、トランプ現象はそこにある現実的危機なのです(フランスは「国民戦線」[ル・ペン党首]、ドイツは「ドイツのための選択肢」[フラウケ・ペトリー党首]が念頭に置かれている)。


中産階級衰退の本質とは

今回の選挙では中産階級の衰退が社会問題として存在し、白人の仕事を奪っている不法移民を排斥するトランプ氏が票を集めたと言われます。しかし、白人の仕事がなくなるのは不法移民のせいでしょうか。わかりやすい部分ではありますが、不法移民に奪われなくてもホワイトカラーの仕事を中心にかなりの部分が既に国境を跨いでアウトソースされています。これは不法移民の問題ではなく、本質的に経済のグローバル化の問題なのです。

グローバル化とは、要するに調達・生産・販売すべてにおいて世界市場における競争になるということです。そこでは労働力の調達も世界的に平均化されますから、賃金はどんどん下がり、企業業績は良いのに賃金は低いという現象になります(労働分配率の低下)。企業利益は経営者や投資家に配分され、必然的に格差が開いていくのです。元々は先進国と途上国といった「国」の格差だったものが、経済的に国境がなくなる中で、企業や個人のレベルにまで落ちてきて、世界的に「他で代替可能な人」と「そうでない特別な人」の間の格差に変化しています。元々、経済の相互依存は第二次大戦後に戦争をなくそうという意図から進展してきた部分がありますが、世界市場が統合する中で、逆に格差が広がり保護主義への揺り戻しが起きていることに現実の難しさを感じます。


民主主義の前提

米国では選挙戦を通じて「分断された連邦(Divided States of America)」という言葉が言われ、社会の分裂を目の当たりにしました(カリフォルニアやワシントンでは独立運動も発生)。トランプ氏が掲げる実現不可能な公約はどうなるのか、日米安保はどうなるのか、ということは今後の話として、この格差問題、すなわちグローバル化が生み出す社会のひずみを政治がどう解決すべきかという難問に日本も向き合わねばなりません。

困難な時代にポピュリストは常に存在します。しかし、ギリシャのチプラスにせよ、またEU離脱が決まった後のボリス・ジョンソン(前ロンドン市長、EU離脱派の中心的論客)や英国独立党のファラージにせよ、現実を前にすれば結局沈黙するしかないのです。安易なポピュリズムに流されず衆愚政治に陥らないためには、「me first(俺を先にしろ)」という考え方だけでは社会が成り立たないのだということを、我々一人一人が深く理解せねばなりません。個人主義と全体主義はコインの裏表であり、「自分の損得ではなく、グループ全体にとって、コミュニティ全体にとっていいことなのか、悪いことなのかで判断する。自己中心ではなく集団全体に重きを置く。個人よりも全体をよくしようと発想できる人が過半数いなければ、民主主義は成り立たない」(大前研一)のです。


編集後記

あまり政治向きの話ばかりではと今回は別のテーマを用意していたのですが、急遽米国大統領選挙について触れることに致しました。

もともと米国内でもメディアがかなりヒラリー贔屓(びいき)の偏向報道をしていたこと、また実は隠れトランプ支持者がかなりいたこと等から選挙結果の驚きが倍増されたように感じます。

大切なことは、勝てば官軍にはならないということでしょう。手のひらを反すようにトランプ氏に期待するのではなく、国民の半分がなぜトランプ氏を支持したのかを踏まえ、構造的な原因と世界が抱える課題を見据えなければなりません。

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