16-02月号:リスクと安保の距離

交錯するグローバルリスク

一月十四日に世界経済フォーラムが発表したグローバルリスク報告書(二〇一六年度版)によれば、向こう一年半で最も懸念される国際的リスクは、「大規模難民」、「破綻国家」、「国際紛争」等とされ、安全保障に関わる比較的分かりやすい事象が並びました。一方、向こう十年における最大のリスクには、「水危機」、「気候変動」、「異常気象」、「食糧危機」等、より根本的かつ国家間協力の難しい事項が列挙されています。

確かに、シリア内戦の遠因は三年以上続いた干ばつに伴う大規模な人口移動にあるという研究もあり、またイランの政治的重要課題の一つには同国最大の淡水湖(ウルミア湖)が消滅の危機にあることが挙げられています。

最近の安全保障問題といえば、核やテロのみならず、米中露による宇宙開発競争や宇宙ゴミ(スペースデブリ)、サイバーテロ、気候変動、難民、ジカ熱やエボラ出血熱のパンデミック(大流行)など、分野が多岐に亘(わた)り、かつ複雑に絡まり合っているのが特徴です。伝統的な脅威と異なり、このような技術開発に伴うマイナスの側面(負の外部性)に対してはあらゆる国家が脆弱であり、新しい管理スキームが求められています。

しかし、COP21や欧州難民問題にみられるように、こうしたリスク・コミュニティの形成は非常に困難です。各国が同程度の脅威に晒(さら)されているわけではなく、また起きている事象も高度に専門的で、一般人には難解でイメージが湧きません。

もちろん伝統的な武力紛争の脅威も続いています。しかし新年早々世間を騒がせた北朝鮮の核開発問題についても、単なる軍事上の問題以上に、北朝鮮に核があるとして、北朝鮮はそれを確実に管理できるのか、軍部やその他のプレーヤーに拡散しないよう統制できるのか、破綻した場合に流出を防げるのか、といった課題が懸念されています(南北朝鮮が統一された場合は自動的に韓国が核保有国になることも念頭に入れる必要があるでしょう)。中国の原子力発電所新設についても、基本的には気候変動への対策(CO2削減)でありますが、同時に核管理の課題がある点は認識しておく必要があります。


脅威、リスク、そして・・・

「脅威」と「リスク」はどう違うのでしょうか。軍事的な「脅威」というものは、一般的に相手の意思と能力によって推定しますが、いわゆる「リスク」というものは、発生する確率とその結果であって、コストと効果のバランスをとる必要があります。主に各分野の研究者が数字を走らせ計算するわけですが、専門分野によって用語の定義や測定方法が異なるため、お互いの意思疎通が難しいのが現状です。

また、脅威やリスクとは別に「予測不能性(Un-certainty)」、つまり何が起こるかわからないということにどう向き合うかという点も重要です。九月一一日の米国同時多発テロを分析した9/11報告書では、テロの兆候が数多くありながら現実の脅威に結び付けられなかったとして、テロ発生の最大の原因は「想像力の欠如」であったと結論付けました。米国クリントン政権下で財務長官を務めたR.ルービンもその回顧録の中で「この世界に確実なことなど何もない」という姿勢の必要性を強調しています(『ルービン回顧録』、原題は「In an Uncertain World〔不確実な世界〕」)。いかに「想定外」の事態を「想定の範囲内」に収めていくかに知恵を絞らなければなりません。


民間企業の責任と啓蒙の必要性

現在の課題は技術革新に加え、グローバル化や都市化(メガシティの出現)等、多くの事象が影響しています。金融リスクやサイバーテロなど、多くのものがグローバルに循環するが故に、また接続性の高いグローバルな都市に人口が集中するが故に影響が拡大しているのです。

結果として、安全保障における民間企業の役割はどんどん大きくなっています。電気通信や発電所のオペレーター、銀行や鉄道、インターネットプロバイダー等は、もはや国の安全保障と無関係ではいられません。

我々は喫緊の課題として、省庁間どころか国民横断的なリスク認識のカルチャーを育てなければなりません。そして政策的には、どのリスクが最大かわからない中で、優先順位を決めて対策をとっていく必要があります。CSR(企業の社会的責任)は単なる社会サービスだけではなく、新しい段階に入っています。


編集後記

ホームページに本ニュースレターの過去分をアップロードし、参照できるように致しました。

海外のニュースでは連日ジカ熱の感染症対策と欧州難民問題が放送されています。多くの国にとっては現実的かつ緊急の課題であり、日本も対岸の火事ではありません。

こうした問題に対しては日頃から「転ばぬ先の杖」として、アンテナを張り巡らし対策を練っておくことが必要です。勿論優先順位はあるものの、常に「想定の範囲内」に収めなくてはいけません。この辺り、日本は不得手ですが、民間企業にも各社自ら考え、率先して予防策を講ずることが求められています。

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