AIは速い。決裁は遅い。――AI時代に合わせた仕組みを作る

AIで提案書をすぐ作れても、来週の決裁会議まで顧客に出せない。そんな仕事の進め方では、作成時間をさらに縮めても、顧客が提案を受け取る日は動きません。
9月21日の寺子屋でも、「システムや提案書を作るAIの速さに社内手続きが追いつかない」という声が上がりました。個々の作業が速くなった後に、会社として何を変えるのか。AI導入の成果は、ここで分かれます。

私は、AI導入を検討する経営者は、決裁の仕組みまで変更対象にすべきだと考えています。作成者にもっと速く、もっと多くと求めながら、確認の順番も、会議の頻度も、判断できる範囲も変えない。それでは、AIで生み出した時間を、社内の待ち時間に移しているだけになりかねません。問うべきなのは、資料が何分でできたかに加え、顧客へ届くまでの「価値提供全体がどれだけ進んだか」です。

1.提案書を増やしても、決裁の処理能力は増えない


例えば、担当者が従来の一案に代えて、AIで五案を用意できるようになったとします。比較の材料は増えますが、上司が読む量も増えます。各案に部長、法務、役員の確認が必要で、承認できる件数が変わらなければ、案件は途中にたまっていく。工場なら仕掛品と呼ぶものが、オフィスでは決裁待ちの提案書として積み上がります。作る側の効率化が、受け取る側の混雑をひどくすることもあります。

ここで変えるべきことは、上司が資料を読む時間だけでしょうか。例えば、提案書の出し方は簡単に工夫できるはずです。五案を丸ごと送る代わりに、推奨案、採用する理由、他案との差、残る判断を示す。根拠資料はたどれるようにしておき、決裁者が見るべき論点を絞ります。AIで文章を増やせば増やすほど、意思決定に必要な情報を「選ぶ」仕事が重要になる。「提案」と「決定」の間を設計しなければ、資料だけが積み上がります。

2.工場は、モーターの次に機械の配置を変えた ~テクノロジーに見合った最適化が必要になる


工場の電化には、この問題を考える手掛かりがあります。かつての工場では、蒸気機関などで回した軸から、ベルトを通じて各機械へ動力を伝えていました。機械は動力を受け取れる場所に置く必要があり、天井付近の重い軸や伝達装置を支えるため、建物の構造も制約されます。材料をどう流すかだけでは、機械の場所を決められなかったのです。(Paul A. Davidの論文・357〜358ページ)

初期の電化には、従来の軸やベルトを残し、それを回す駆動系を電動にする方式がありました。電力を使う効果はあっても、工場の配置は古い動力の仕組みを引きずります。転機となったのは、個々の機械をそれぞれのモーターで動かす方式です。動力を電線で届けられれば、機械を材料や製品の流れに沿って並べ直せる。一部の工程を変更する際に、動力系統全体を止める必要も減りました。

電化の価値は、こうして機械の外側へ広がりました。動力の節約に加え、物の運び方、建物、工程の組み替え方まで改善する余地が生まれたのです。AIで資料を書く工程だけを速くするのは、古い工場へ新しいモーターを取り付ける段階に似ています。その先の確認や受け渡しまで組み直してこそ、新しい能力を仕事全体に生かせます。

この比喩を決裁に引き寄せると、組み替える対象は明確です。すべての案件を同じ会議へ集める必要があるのか。独立して確認できる項目まで順番待ちにしていないか。既に決めた条件の範囲内でも、毎回同じ人の承認を取り直していないか。AIが作業時間を縮めた今、従来は目立たなかった待ち時間が、会社の速度を決める制約として浮かび上がっています。

3.ルンバブル ~AI活用を前提に工程そのものを組み直す


もっと身近な例が「ルンバブル」です。ロボット掃除機のルンバが掃除しやすいように、家具の選び方や配置を工夫した状態を指します。家具の下を通れる高さを確保し、動線を空け、充電場所も用意する。2012年には、三菱地所レジデンスがアイロボットの日本総代理店と協働し、この考え方のモデルルームを発表していました。機械の性能に合わせて、使う空間も設計する発想です。(当時の発表資料)

AIでも、毎回人が資料を集め直し、別の様式へ転記し、誰に回すかを判断していたら、仕事はそこで止まります。正しい価格や契約条件を参照できる場所に置く。案件の情報を一度入力したら、提案から審査まで引き継げるようにする。決裁者には、判断が必要な点と根拠が届くようにする。こうした整備は、AIのために人が余計な仕事をすることではなく、繰り返してきた受け渡しの手間を取り除くことです。

さらに、情報の通り道と一緒に権限も変えます。例えば、既定の価格、標準の契約条項、承認済みの予算に収まる提案なら、定めた範囲で担当者が進められるようにする。値引きや特別な保証など、条件を外れる案件を上位者へ戻す。判断基準を案件の到着前に決めておくことで、毎回の決裁を減らせます。法務と採算の確認など、互いの結論を待たずにできる審査は、並行して進める余地もあるでしょう。

もちろん、重要な契約や大きな損失につながる判断には、相応の審査が必要です。そこで明確にしたいのは、誰が何を確かめ、どの条件なら止め、誰が最後に責任を持つかです。「人間が確認する」と書くだけでは、すべてが人待ちになるか、確認が形だけになります。通常の案件を流し、例外に注意を向けられるようにすることが、速度と判断の質を両立させる設計だと考えます。

ルンバブルな部屋でも、人が暮らしやすいことは大前提です。業務も同じで、AIに処理させるために顧客へ余計な入力を求めたり、必要な審査をなくしたりすれば、本来の目的から外れます。守るべき品質と責任を定めたうえで、そこへ至る手順を変える。AI活用を本来の目的と取り違えないことが重要です。

4.削減したはずのコストは、本当に減ったか ~効果検証の仕組みを作る


仕事を組み直したら、効果を測る必要があります。「以前より楽になった」という実感は大切ですが、それだけでは会社全体の改善を説明できません。依頼から顧客への提示までの日数、一定期間に完了した案件数、差し戻しや誤りの件数、案件当たりの総費用を、変更前後で確かめます。作成者が節約した時間だけでなく、確認者の作業と、途中で止まっていた時間も含めるのです。

これはM&Aのシナジーと同じです。買収時に「統合すればコストが下がる」と説明しても、それは実現前の仮説です。統合後に、何の費用が、いつから、どれだけ減ったかを追わなければ、成果は分かりません。McKinseyも、比較の基準となる数値をそろえ、効果を財務計画に結びつけ、実現に伴う一時費用まで確認する必要性を指摘しています。AI導入にも、同じ事後検証が必要です。(M&Aにおける効果測定と統合費用)

例えば、作業時間が削減されても、その分の人件費が減ったとは限りません。残業代や外注費が減ったのか。空いた時間で、顧客へ届ける提案や受注後の対応を増やせたのか。それとも、確認作業が別の仕事に変わっただけなのか。生まれた余力と、実際の費用削減、追加の成果を分けて見る必要があります。

測定は大がかりに始める必要はありません。まず一つの業務で、着手、提出、確認開始、決裁、顧客への提示を記録する。似た難易度の案件で変更前後を比べれば、どの待ち時間が減り、どこに新しい負担が生じたかが見えます。ツール利用料、追加の確認作業、仕組みを変える費用も、同じ評価期間で含める。平均だけでなく、長く滞留する案件について個別に見れば、次に直す箇所を絞れます。

AIの速度を成果へ変えるには、会社が仕事を流す仕組みを変えなければなりません。工場の電化では機械の配置を、ルンバブルな部屋づくりでは家具の配置を見直しました。皆さんの会社では、AIで資料作成が速くなった後、何を動かしたでしょうか。資料が完成してから先の時間が変わっていないなら、今、経営者が手を入れるべきなのは、その資料を待たせている決裁の仕組みです。

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