16-12号:再検討 ブロックチェーン

正しい取引記録

ビットコインという仮想通貨に関連して有名になったブロックチェーンという技術をご存知でしょうか。日本でビットコインというと、マウントゴックスの破綻など悪いイメージが強い方が多いかもしれません(マウントゴックスはビットコインの一両替所に過ぎませんでした)。

そもそもブロックチェーンはネット上の「通貨」であるビットコインを支える技術として開発されましたが、その革新的な仕組みに注目が集まり、様々な分野への応用が考えられています。何が革新的かというと、第三者の仲介なく、取引の存在とその正当性(正しい取引記録)を証明できるということです。例えばお金を送金する場合は銀行が送金の証明を行います。不動産売買であれば登記所が、遺言などの文書であれば公証役場が証明を行うでしょう。いずれにせよ客観的に取引が存在することやその取引が正当であることを証明するため、私たちはそれぞれ管理者を設定し、同時に管理コストを支払っています。ここで、「管理者なしで正しい取引記録(=この取引は改竄していない、不正取引ではない等)を作ることができれば取引コストが劇的に安くなるのでは」という問いかけに応えたのがブロックチェーンだといってよいでしょう。


分散管理の仕組み

ブロックチェーンの発想は、管理者が一元的・集権的に取引記録を管理するのではなく、サイバー空間に取引を公示して皆で監視しようというものです。全員が全取引の帳簿を持ち、常に同じ内容になるよう調整(=同期)すれば、誰かが一部を改竄してもすぐわかるという理屈で、分散管理と呼ばれます。帳簿を更新するには少なくとも過半数の参加者によって取引が正しいと承認される必要があります。

一方、ネット特有の問題ですが、偽アカウントを大量に作られてしまうと半分超の発言権を持つ参加者が現れ、悪さをするかもしれません。そこで、(これがポイントですが)取引の承認(=帳簿の更新)を単なる多数決ではなく、「承認レース」として設計しました。このレースは、取引内容を一定のルールに従って要約(実際にはコンピュータによる数値計算)するもので、取引を承認して帳簿を更新するには一番早くその「要約」を作成しなくてはいけません。一番早かった参加者がシステム全体にその要約を発信し他の参加者が確認するという仕組みです。この要約作成を作業証明(Proof of Work)といい、莫大な計算負荷をコンピュータに課しています。過去の取引を改竄するにはその後の作業証明を全てやり直し、かつ他の全てのコンピュータよりも高速に計算する必要があり、物理的にもコスト的にも改竄を困難にしているのです(改竄するインセンティブをなくしている)。

このようなコスト(=コンピュータ運営費)を賄うため、システム利用者は手数料を支払います。作業証明の採算に見合う手数料収入が集まる取引量になって初めて一括して作業証明(=要約作成、取引承認)が行われるので「ブロック(=塊)」、一つのブロックの作業証明にはその前のブロックの情報が含まれているために「チェーン(=鎖)」、合わせて「ブロックチェーン」と言われています。逆に言えば、取引がある程度貯まるまで作業証明されないのでリアルタイム性や、設計理論上、取引内容の最終確定性(finality)は一部犠牲になっています。実用性と必要性を掛け合わせた仕組みがブロックチェーンなのです。


その拡張可能性は

ブロックチェーンというと金融におけるイノベーションというイメージかもしれませんが、それに限る話ではありません。勿論、決済や送金を銀行が独占できなくなることで金融機関は大きな影響を受けるでしょう。ただ、それは銀行に限らず、株式売買を扱う証券会社も、契約の手続き管理を行う弁護士や司法書士も、文書の証明を行う公証役場も、全ての取引管理に関わる仕事がなくなるかもしれないという問題なのです。

「世界中のどこにでも瞬時にゼロコストで文書や画像を送ることができる」ということをインターネット以前には誰も信じませんでした。同様に、世界中のどこにいても正しい取引記録を安価に入手できることの影響範囲は想像が困難です。ブロックチェーンは課題も山積していますが、インターネットやクラウド、人工知能のような技術同様、不可逆的な変化であろうと思います。各業界の変化とその態様に注目していく必要があります。


編集後記

師走に入って忘年会に忙しい方もいらっしゃると思います。くれぐれもお身体ご自愛下さい。

今月は今更ながらブロックチェーンを扱いました。ビットコインのイメージが強く、通貨の側からの議論(通貨発行益や発行数量など)が多いですが、それはこの技術の本質ではないと考えています。

IoTやクラウド、ビッグデータ、AI(人工知能)などは組み合わせによって大きな社会変革の可能性を秘めています。iPhoneの登場は二〇〇七年でしたが、この十年の変化は刮目すべきものでした。新技術の引き起こす変化の大きさを見極めていく必要があります。

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