17-11号:The Name of the Game is... フード

フェイク(偽)フード?

フェイク・フードと言えばレストランなどの入り口に見られる本物そっくりに作られた商品サンプルのことですが、別の「フェイク・フード」、すなわち既存の食品の科学的再現、分子構造を解析し、全く別の形で再現してしまおうという動きがあると聞いたら驚かれるでしょうか。

古くはベジタリアン向けの大豆ミートなどがありますが、より科学的に植物性タンパク質で作ったハンバーガー用のパティや卵製品などを始め、最近ではエビを植物性タンパク質で再現しようというベンチャー企業も現れています(ニューウェーブ・フーズ)。その試みは飲料にも広がっており、ワインや日本酒なども化合物に分解し、化学的に合成(コピー)されています。完全な再現には時間を要するかもしれませんが、共に肉や魚の育成あるいは酒の醸造の手間がかからない分、生産効率の上昇と味や品質の安定に寄与することは否定できないでしょう。

今、食品分野のイノベーションといわれるものには大きく二種類あり、原点回帰か再構成と言われています。原点回帰系は自然食品や有機(オーガ)食品(ニック)といえばピンとくるでしょう。再構成系はここで紹介したような既存の食品カテゴリーを全く新しい科学的手法で再構成しようとするものです。意外なことに、消費者の健康意識や環境意識が高まったことがこうした食品技術の研究開発を牽引してきました。


種子業界の再編が進む

一方、主体的にそういった「フェイク・フード」に手を伸ばさなくても、私たちは既に多くの食材の科学的変化を受け入れているとも言えます。現在の野菜生産において、種子交配の約九割は海外で行われていますが、世界の種子業界では近年大幅な再編が進行しています。ドイツの医薬・農薬大手バイエルは種子の世界最大手、モンサント(米)の買収を昨年発表しましたが(買収金額六兆八千億円)、業界二位のデュポン(米)は五位のダウケミカル(米)と統合を行い(二〇一七年八月に統合完了)、業界三位のシンジェンタ(スイス)は中国化工(ChinaChem)によって買収されています(二〇一七年六月に買収完了、買収金額四兆八千億円)。実質、世界の種子は米独中の三ヵ国の寡占と言ってもよく、そこでは遺伝子組み換え種子や雄性不稔*の問題が指摘されているものの、私たちは好むと好まざるとにかかわらず、そういった海外大企業の研究開発の果実を口にしています。日本では来年四月に種子法(主要農作物種子法)**が廃止されますが、種子生産の民営化が進むに従って、消費者自らがこうした点を踏まえて何を食べるか選択していかねばなりません。

* 雄性不稔(ゆうせいふねん)

植物の雄しべにおいて花粉ができない状態。ミトコンドリアの遺伝子異常が原因であるといわれる。流通や生産に都合のよい性質をもった野菜を掛け合わせる一代雑種(F1)の野菜を生み出すのに都合がよく、爆発的に普及している。なお、雄性不稔の野菜を食べている人間の精子減少に影響しているという仮説もある。

** 種子法(主要農作物種子法)

稲、大麦、はだか麦、小麦及び大豆(主要農作物)について、優良な種子の生産及び普及を促進するため、種子の生産・審査を都道府県に義務付けた法律。この法律に基づいて、原種・原々種は厳格に管理されている。


食料自給率の問題とは

食料に関しては自給率というセンシティブな問題もあります。計算方法は様々で、カロリーベースで三八%、金額ベースで六八%(二〇一六年)というのが公式発表ですが、実際には殆ど意味がない数字といってよいでしょう。私たちは米をそのまま食べているわけではなく、それを焚く燃料(石油)も必要になれば、育てるトラクター(鉄)も必要です。化学肥料は石油から作りますし、そもそもコメは減反政策を続けているのです。私たちは食料のみ、また自国生産のみを近視眼的に考えるのではなく、総合的に国民の安全保障を考える必要があるということです。

経営コンサルタントの大前研一氏は一九八六年に次のように指摘しました。「今日、エネルギーや食糧の八〇パーセント以上を世界に求めている富める国日本が、同情を寄せ、保護するのは自国の農民や漁民のみで、他の一次産品供給国は抽象名詞に過ぎない、という状況は鏡に映して考え直してみる必要がありはしないか?」(『世界が見える、日本が見える』)

ただ、この問題は食料自給率や安全性、雇用問題や価格の問題と相まって理屈よりも感情に作用しやすい分野です。また、建前の気持ちと実際の購買行動が乖離しやすい分野とも言えるでしょう(国産品を守るために日々高い製品を買い続けるか?)。冒頭のフェイク・フードに限らず、多くのイノベーションや貿易自由化ですらも私たちにとっては福音であると同時に脅威を感じるものであり、私たちは自分の心と財布に相談しながら、そして冷静に自らのスタンスを決める必要があるでしょう。


編集後記

気づけば毎月発行のニュースレターも三十回を超え、弊社も四期目に入ることができました。お客様各位に深謝申し上げます。

今月は食に関して、最近のベンチャー企業の動向から、食料自給率に至るまで幅広く扱いました。遺伝子組み換えの問題など、何が正しいのか実際の判断が難しい領域です。

一方、私たちが「いただきます」と言ったとき、その感謝の対象は食べ物そのものかもしれませんが、作り手という意味では日本のお百姓さんだけでないことは明らかです。なるべく正しい現実を知り、自分なりに判断することが大切なのだと考えます。

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